たとえばあなたが
コーヒーショップ横の細い路地に、雨よけになる場所を見つけた。
崇文はそこまで無言で歩いて行くと、ようやく小山の腕を離した。
「…びっくりしたろ、礼子さん」
小山は何も答えずに、路地の壁にもたれて下を向いたまま、地面を睨んでいた。
「あんたの婚約者なんだってな」
あえて過去形にしなかったのは、礼子の中でまだ終わっていないことを知ってしまった崇文の、せめてもの意思表示だった。
「あの人、あんたのことずっと待ってたんだよ……松田さん」
その呼びかけに、小山がハッと顔を上げた。
「松田聡……あんたの名前だろ」
小山は一瞬反応したものの、何も答えずまた下を向いてしまった。
「彼女、何も言わずに消えたあんたのことずっと待ってたんだよ」
小山の目が、かすかに泳いでいた。
「なあ、どうして偽名なんて使ってるんだ」
小山は、自分が松田聡であることを否定しない。
「松田聡は、死んだんじゃなかったのかよ」
全部、聞き出さなければ…―
「教えてくれよ、何があったのか」
何もかも、明らかにしなければ。