たとえばあなたが
鈴木刑事の口から寝耳に水の事実を聞かされたのは、松田が俯いてため息を漏らしたときだった。
『亡くなった正志さんが、あんたの再就職先を用意してくれてたってこと、知ってたかい』
松田は驚いて顔を上げた。
(…俺の再就職先を…?)
そんな話は初耳だった。
あの日木村が言ったことは、本当だったと言うことか…―
仕事を紹介するから、と。
でも思い返してみても、あのときの木村の様子は、とてもアテなどありそうもなかった。
だから、そんなこと簡単に言ってくれるなと腹が立ったことを覚えている。
けれど考えようによっては、これは松田にとって有利な展開だ。
松田はとっさに頭を回転させて、答えた。
『…知ってました…近々お宅に伺って、そのことについて相談させていただく予定だったんです』
人間とは勝手な生き物で、嘘でさえも口にした瞬間に真実のように思えてくることがある。
脳裏に、木村の人の良い笑顔が浮かんだ。
松田は無性に哀しくなり、目から涙が自然にこぼれてきた。
『本当に…俺にいつも良くしてくれて…だから、だからこんなことになるなんて…』
犯人が、許せません…―
このときのほんの一瞬の機転が、捜査の目を松田から逸らすことに成功した。