たとえばあなたが
ふたつの殺人は、2004年と2005年にそれぞれ時効を迎えた。
2005年、ある日の朝刊で、松田聡が被害者とされる【浜松ドラム缶殺人事件】の時効記事を読んだとき、松田の目に涙が浮かんだ。
(…これでやっと自由だ…―)
時効までの15年間、昼夜を問わず働いた。
貯めた金で新しい人生を始めようと誓った松田が握り締めた拳は、興奮のあまり震えていた。
自由を手に入れた松田が最初に向かったのは、床屋だった。
伸び放題だった髪を短くし、さっぱりしたその足で、浜松で唯一の百貨店へ行き、ブランドもののスーツを数着買った。
引き締まった体に、精悍な顔つき。
色白で細身だった体は、長年の肉体労働で見違えるように変化していた。
整えたばかりのヘアスタイルにスーツをまとえば、まるで一流商社マンにでもなったような気分がした。
スーツ売り場のスタッフも皆、松田のスタイルの良さに感嘆していた。
「お似合いですね。モデルさんみたい」
女性スタッフの言葉に、松田は愛想のいい笑顔を向けた。
他人との交流を頑なに避けてきた松田にとって、ようやく始まる新しい日々。
松田は全身鏡の前にたたずんで、大きく深呼吸をした。
喜びが、松田の全身から溢れていた。