たとえばあなたが
今、通報されるわけにはいかない。
「何でもないですから…。どうぞ行ってください」
崇文が松田を隠すように立ちふさがると、通行人は足早に去って行った。
松田のほうに向き直ると、松田は険しい顔をしていた。
「人なんて、こんなもんだよ。今の通行人だって、誰かが通報するだろうくらいに思ってるに違いない」
路地の入り口を見ていた松田の視線が、ゆっくりと崇文に向けられる。
「都合の悪いことは人に押し付けて逃げる。俺に退職を迫った会社の連中も、そうだったってことだ」
崇文は、まっすぐに松田の視線を受け止めた。
「違うよ、松田さん。あんたは、自分で自分の首を絞めたんだ」
歯を食いしばり話す崇文を、松田が正面から睨みつけた。
「濡れ衣を着せられそうになったからって、何も殺すことなかったんだ。優秀だったあんたになら、別の世界でやり直すことだって出来たはずだよ」
「……」
「どんな理由があったって、人を殺していいはずない」
詰め寄る崇文に、松田は何の反論もしなかった。
「ほんとはわかってんだろ、そんなことくらい?」
無実の部下に罪を被せた千晶の父親に、非がなかったとは言えない。
けれど事態をここまで大きくしてしまったのは、紛れもなく松田自身だった。