たとえばあなたが
行かなければ。
そこで待っているのが、たとえ誰であっても。
それが今、私がすべきこと。
「私…―」
隣席の同僚に、新しい契約先の資料を渡した。
「取引先に呼ばれたから行ってくる。これ、よろしくね」
「えっ…ちょ、木村さん?!」
呼び止める同僚に振り向きもせず、千晶はコートを羽織った。
部屋を出るとき、萌を見た。
もし今が「そのとき」なら、もう萌に会えなくなる。
おせっかいな萌。
やさしい萌。
かわいい萌。
千晶の人生を語るうえで、萌はなくてはならない存在だった。
大切で、大好きで、愛おしくて、だからこそ話せないこともあった。
そんな萌に、最後に何か声をかけてから行きたいと思った。
けれど萌は電話中で、千晶の外出にも気づかない様子だった。
千晶は黙って、部屋を出た。