たとえばあなたが
行きつけの店は、歩いて2分。
分厚いガラスの扉をぐいと押すと、
「いらっしゃいませ!」
と元気な声が響いた。
「こんにちは」
すっかり顔馴染みの店員に声をかけて、ふたりはほとんど指定席のように座っている席に向かおうとした。
そのとき、
「あ、待って」
と、とりわけ親しくしている若い女性店員が、ふたりを止めた。
彼女は千晶になにやら目配せをしている。
視線の先を見ると、太い柱の向こうの窪んだ場所の「指定席」には先客がいた。
やけに大柄の男性で、新聞を広げて読んでいて顔は見えない。
服装は、不潔というわけではないがパッとしない雰囲気で、OLに人気のオシャレな店には不似合いだった。
なるほど、指定席には先客がいると知らせてくれたわけだ。
いくら自分たちが馴染みの客だからといって、先客に退去願うわけにはいかない。
そもそも、本当の指定席なわけでもないのだから、千晶は店員に指でOKサインを見せ、近くの空席に座った。