たとえばあなたが
―…ほんの数十分前。
『あんた、これからどうするんだ』
地下室で千晶が来るのを待つ間、崇文は松田に問いかけた。
『…俺は』
松田はもう、人殺しを重ねるつもりはなかった。
その気があるなら、チャンスはいくらでもあった。
けれど、できなかったのだ。
『俺は…』
松田は前屈みになり、膝の上で両手を組み合わせて、床をじっと見据えた。
『俺は、ここで死のうと思う』
崇文が息を呑んだのが、気配でわかった。
『こういうとき、男ってのは弱いなと思うよ』
あれほど憎んだ木村部長の娘。
時が経てば経つほど、なぜ自分がこんな目に、という思いが強くなるばかりだった。
そしてやがては、ひとり殺し損ねた末娘の存在すら許せなくなっていた。
テレビで偶然千晶を見つけたあの日、とうとうこの思いが晴らされるときが来たのだと思った。
それなのに、いつしか憎しみは、別の感情に支配されてしまった。
『千晶を殺せなかった時点で、俺の負けだ』
松田は床を見つめたまま、口元に小さな笑みを浮かべた。
『だから俺は、できることなら千晶に殺されたい』