たとえばあなたが



中西礼子は、自宅の洗面所の鏡に映った自分の顔を睨むように見ていた。



リビングから、つけっ放しのテレビの音が聞こえる。

堅苦しいアナウンサーの声が、婚約者の死を告げていた。



鏡の前の自分は、ひどく醜い。

塗り重ねた化粧が雨で崩れ、ファンデーションやアイメイクの色が、使い古したパレットのように混ざり合っていた。



松田が姿を消したあの日からずっと、化粧を落とした顔が大嫌いだった。

素顔がわからないほどに厚く塗りたくった化粧と、鼻がおかしくなるほどの香水で自分を覆い隠した。

その大嫌いな素顔が今、醜い化粧を溶かして、表に出ようとしている。

香水も、雨で流れ落ちた。



もう、向き合うときなのかもしれない。



礼子は、クレンジングを手にとって、化粧になじませた。

丁寧に、顔の隅々まで、何度も何度も洗い流した。




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