たとえばあなたが
翌朝。
崇文が出勤して各催事場を回っていると、礼子に呼び止められた。
「石田さぁん、おはようございま~す」
崇文は、実は呼び止められる前から気配を感じていた。
というより、匂いでわかった。
今日も相変わらずの香水だ。
声がしたほうに顔を向けると、ますます強い香りが崇文の鼻を直撃した。
一瞬たじろぎながらも、なんとか気持ちを立て直し、
「おはようございます」
と笑顔で挨拶をする。
先週の木曜日の【石田崇文拉致事件】は、すでに部署中に知れ渡っている。
今も周りの従業員たちは、崇文が礼子に捕まっているのを楽しそうに見物していた。
当の礼子は、その視線に気づいているのかいないのか、朝から上機嫌で崇文に近づいて来た。
「どうかしましたか」
忙しい身なので、用がないならむやみに呼び止めないでもらいたい。
そんな気持ちを込めて、崇文はぶっきらぼうに言った。
すると礼子が、
「あのぉ、パーテーションを減らして欲しいんですぅ」
と、擦り寄って来た。