たとえばあなたが



真っ白で糊のきいたシートがかぶせられた後部座席に乗り込み、小山が運転手に行き先を告げる。

窓の外を見ると、帰宅ラッシュで混み合う街には、さまざまな光があふれていた。



「…賑やかですね」

車内のラジオと無線の音で外の音は聞こえなかったが、その賑やかさは十分に伝わってくる。

「とても不景気だとは思えないですね」

「本当に」



金曜日の夜だけあって、大勢のサラリーマンやOLが道を行き交っている。

中には早くもお酒が入っていると思われる大学生らしき若者の姿もある。

寒そうに肩をすくめる人も、腕を組んで歩くカップルも、誰もが楽しそうだった。



平和で幸せで、それが当たり前の日常であることが、どれほどの奇跡なのか。

どれほどの人が、それをわかっているのだろうか。



千晶は、流れる景色を無言で眺めていた。




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