たとえばあなたが
タクシーは、来た方向に引き返す形で青山へ向かった。
「私のお気に入りのお店に行こうと思います」
「そうなんだ、どんな店?」
誰にも教えるつもりはなかった、千晶にとって特別な店。
それでも、青山の静かな住宅街にひっそりあるその店は、小山が醸し出す雰囲気にぴったりで、彼になら教えてもいいと千晶は思った。
決め手は、さっきの笑顔だった。
きっとあの店の良さを理解し、大切に通ってくれるだろう。
「私にとっては特別な存在で、本当に親しい人としか行かないお店なんです」
萌やいとこの崇文には、毎年その店で誕生日を祝ってもらっている。
「そんな大切な店に、僕なんかを連れて行っていいの?」
「小山さんならいいかな、と思って」
「それは光栄だな」
千晶が、出会って間もない人間に好感を抱くのは珍しいことだった。
小山には、不思議なほどに親近感を覚える。
この気持ちの正体は何なのか…―
じっくり考えるほどの時間もなく、答えが出ないまま、タクシーは青山の住宅街へと滑り込んだ。