たとえばあなたが
タクシーを降り、細い路地を少し歩くと店が見えた。
『秋桜』の文字がうっすらと闇の中に浮かんでいる。
小さな看板を小さなライトで照らしただけの、シンプルな造り。
知らずに通りかかった人がフラリと立ち寄るような構えではなかった。
派手を好まない店主の性格をそのまま表したような看板の横を通って、千晶は店の扉を開けた。
「いらっしゃ…あらぁ、千晶ちゃん」
「こんばんは、おばさん」
ひっそりとした高級感溢れる外観とは裏腹に、明るい店内には家庭的な空気が流れていた。
女店主の桜木和子は、いつも気さくに接してくれる。
千晶も、そんな和子のことを『おばさん』と呼んで慕っていた。
「今日はお連れさんがいらっしゃるのね」
「そうなの、上司の小山さんよ」
「はじめまして」
小山は、紳士的な笑顔で和子に軽く頭を下げた。
「あら、まあ…」
和子は、そんな小山を見て目を丸くした。