たとえばあなたが
誕生日祝いなどで店を使わせてもらうとき、千晶はよくカウンターの中に入って和子の料理を手伝った。
そもそも千晶は幼い頃から家族でこの店に通っていたため、和子との付き合いは相当長い。
「いろんな思い出が詰まっているし、そういった意味でも特別な存在なんです」
まだ開店したばかりで常連客も少なかった『秋桜』で、父や母は、和子を交えていつも楽しそうだった。
千晶と姉は毎回、和子が作ってくれた名前も知らないデザートを楽しみにしていた。
千晶は今でも、その時間がなによりも幸せだったのを鮮明に覚えている。
「…そう。じゃあ今でもご家族で来たりするの?」
小山がやさしく目を細めて聞いた。
「いえ、今は…」
そこまで言いかけて、千晶は一瞬、言葉に詰まった。
「今は、あんまり」
千晶は一瞬目を伏せて、すぐに話題を変えた。
小山もそれ以上、何も聞かなかった。