あしながおにいさん
もう40にもなろうとする男が、みっともないほど取り乱している。早く何かのコメントを返さなければ!
絶対無視なんかするとこじゃない!でも、変なことは書けない。あ〜情けない。

いや、やっぱり僕の個性を出さなきゃ。落ち着け。まず、こんなことはめったにないであろう偶然で、キーワードは新江ノ島水族館だ。あと、あのウミガメ。

僕は一回深呼吸して、思うがまま、素直に書こうと思った。かっこつけても始まらない。しかも、なにも関係が進展するとか、浮気とかしてるわけじゃない。

あ〜、もうこんな不埒なことが頭をよぎっている。

落ち着け。彼女は花屋に勤めている。ということは、かきいれどきの日曜日は働いているはずだ。さっきのコメントは休憩中にくれたものだろう。

あまり時間がないだろうし、あまりだらだら書かないほうがいいな・・。

よし!決めた!


「はじめまして!日記にコメント、ありがとうございます。あのウミガメをご存知だったなんて、すごい偶然ですね。あの日記に書いたことは、僕の素直な感想です。美雨さんは、どのような気持ちで眺めていたんでしょう。もし、お仕事の最中でしたら気にしないでくださいね。これからもよろしくお願いします」

打ち終わって、早く送信したい気持ちと、なんて陳腐な言葉だろう、恥ずかしくて送れないっていう気持ちが交錯した。

でも、とにかく美雨に伝えなければ。迷ってはいたが、ついに送信してしまった。

気にしないでっていうのは裏を返せばすぐレスよこせって思われないだろうか。

相手の気持ちを知りたいなんて、深く切り込みすぎたんじゃないだろうか。

送ってしまったコメントは、削除はできる。けど、そんなことしたらかっこ悪いし、疑われるような気がする。

でも、あとは、美雨にまかせよう。初めてのやり取りにしては上出来だと思うことにしよう。

それから小一時間、携帯をじ〜っと眺めていた。

レスはなかったが、気にしなかった。外を見る。

雨は小降りになってきて、霧雨に変わったようだ。

僕は、バルコニーに出て、その雨を体感した。

とっても温かく、優しい雨だった。
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