あしながおにいさん
「‥ウミガメ‥」
ふいに美雨がつぶやいた。
「水族館の‥?」
「そうです。なんか、あのおおらかに漂うように泳ぐウミガメとアキさんがだぶっちゃった」
「えー?僕があんなのんきな顔してるって?」
すべてを許し、ウミガメを温かく包み込む海水のような透き通った眼差し‥。
「想像しちゃいました。アキさんなら、お魚さんたちに本気で話しかけそうだなって」
当たってる‥。
「タンクから酸素が送られるマウスピースのような‥」
「レギュレータですか?」
「そう!よく知ってるね!」
嬉しすぎだ。
「そのレギュレータくわえてるから話しかけても言葉にはならないよ」
「そうかなぁ、話しかける人に邪心がなければ、なんとなく通じちゃうような気がしますけど」
確かに心は澄み切っていた。
「小さな魚にまで小ばかにされちゃうのが悔しいけどね」
「あ!やっぱり会話が成り立ってますよー!絶対そうです!」
真剣な瞳‥。
「ダイビングしたことあるの?」
「前に一度。体験コースだけでしたけど‥」
瞳に影が宿る。
「彼氏と‥?」
頷く、目を伏せて‥。
「タンクが重いからって、さっさと一人で岩場に戻っちゃって。私はもっと海の中にいたかったんです。だけど‥」
「だけど?」
「可笑しいですよね。アキさんと正反対。魚は見るものじゃなくて釣って喰うもんだ‥って」
「‥」
「私って‥、今の私ってあの楽しそうに泳ぐ魚達やウミガメさんのようなものなんです‥」
もうすべてを話さなくても、美雨の心情がわかったような気がした。
「美雨‥」
お互いの瞳が、求め合うように交差した。