あしながおにいさん
「僕と美雨が、あの同じウミガメを眺めてたなんて偶然っていうより‥」


運命だねという言葉を飲み込む。


「ウミガメ、悲しそうでした。アキさんが日記に書いたこと‥、びっくりしちゃったんですけど、私と同じこと考えてた‥」


「広い水槽で、優雅に気持ちよさそうに泳ぎながら、いつもウミガメの視界の先にあるものは‥」


「ウミガメにとって、残酷なまでに広く美しい太平洋‥」


「その通り。でも僕たちには何もしてやれない。日記に書いたって、読み手にはどっかの動物保護団体の偽善な遠吠えでしかないんだ」


そのもどかしさは誰にもわかってもらえないと信じてた。


君と出会うまでは‥。


「私もどうしていいかわからなかった。できることていえば、そばに佇んで見つめてあげるだけでした‥。ウミガメと私自身を重ねて‥」


「美雨が‥?ウミガメ?」

「そうです‥あっ!アキさん、もしかしてウミガメのぬぼ〜っとした雰囲気と私を重ねちゃってません〜?」


少しだけ図星。


「いや、そんなことは‥」

「それもありますけど‥」

たぶん、いや美雨の言いたいことはわかるような気がする。


メールであれだけ彼氏と婚約してからの悩みを打ち明けた美雨が、話したい気持ちを一生懸命抑えているんじゃないか‥。


だから例え話で心の痛みを伝えようとしてるんだ。僕は、何も言わずに美雨の瞳を見つめてそっと微笑んだ。


その微笑みは、きっと美雨の心の扉を、また少し開けてあげようとした僕の誠意だった‥。
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