あしながおにいさん
美雨がウミガメを「一人」と表したのが少しおかしかった。


「そう、一人ぼっちだ。人間のそれと比べると逞しいけど悲しいよね」


「ええ。しかも産んだ我が子の成長も見ぬまま海に帰るんです。その子供達も、必死で母親を追うんですが、ほとんどが魚や蟹達に食べられちゃう」


「‥うん‥」


美雨の瞳が潤み始める‥。

僕もつられる。実際にウミガメの産卵は見たことはないが、彼らにとっては自然の掟に従順であることも、美雨にとってはやり切れないのだろう。


その純朴な優しさを持つこの女性は、人間くさい世界の、ほぼ定められたレールに乗る‥。


いや、乗らされる。結婚し、家庭という小さな世界に縛られる現実を突き付けられ、戸惑っているんだ



けど、母親ウミガメでさえ、必ず陸に上がり自ら悲劇の中に身を委ねるんだ‥。

それが現実‥。
< 44 / 111 >

この作品をシェア

pagetop