あしながおにいさん
僕らが抱える現実。時の流れとともに色褪せる家族関係。一家の長として修復すべきなのに、正面から向き合わず逃避する自分。


結婚という人生の節目を前に立ち止まり、思い悩む美雨。そんな男女が肩を寄せ合い密会している。そうなんだ。それも現実。


辛そうな美雨に同情してきれいごとを並べ、最後には身体を求め合う男女関係に陥る。そんな期待を抱くには十分すぎる状況だ。


だけど‥。


「ウミガメにもウミガメだけが持つ本能があるんだよ美雨」


「本能」


「そう、どこまでも続く碧い海に身をゆだね餌を食べ、あの大きな瞳には海に棲む仲間達がウミガメを決して退屈させない、だけど」

「そんな時がずーっと続くわけじゃない、ですよね」

僕はしっかり美雨を見つめながら頷いた。僕らに柔らかくまとわりつく優しい微風を振り払うかのように。

唇を真一文字にしてゆっくりと目を閉じる美雨。


「陸を目指す時期を悟ったウミガメにはもうなにも見えていないんだよ。どんなに辛いことが待ち受けていようとね。一直線に陸に向かう。それが本能」


僕も悟ったのかもしれない。今の美雨に必要なことを。それは同情のような、おそらく誰にでも表現できるような安易なものなんかじゃない。好かれるように仕向けるようなことも言いたくない。


それが僕の美雨に対する最大の愛情なんだ。
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