あしながおにいさん
人生には四つの大きなエピソードがあり、人はそれを体験する。生まれること、結婚すること、親になること、そして死ぬこと。


それぞれの節目には必ず誰かの支えが必要だ。しかもそれが真心こもった支えであればあるほど、その人は勇気づけられるし幸せな人生を歩めるんだ。


二番目のエピソードの体験を間近に控え、戸惑いに心揺らす女性が、僕の目の前で親にはぐれた小鳥のように小さく震えている。


僕は美雨の、これからの長い人生を思い描く。もちろん様々な困難に向き合うことになるだろう。幸せな時ばかりではない。


今の僕に出来ること、それは美雨が求めてること。それは揺れ動く不安な気持ちを温かく包み込み、霞みがかった道筋に光りを燈して欲しいということ。


僕はそんなに洞察力のある人間でも、心理学者でもない。けど、美雨の瞳をじっと見つめると、そう語りかけてきてるのがわかった。

何かを共有できうる異性に巡り会えた喜び、それが好意に、そして愛情へと変化していく。


僕は美雨が好きだ。いや、大好きだ。大好きだからこそ、この女性の背負うものやこれからの人生そのものさえ好きになれるんだ。

「どこからともなく現れたもう一人のウミガメが、海の仲間達と楽しんでばかりいる母ウミガメをうながすんだ。そして二人で陸を目指す」


「そのウミガメは‥アキさん」美雨が口元だけで微笑みながら言った。


「その通り。少し年寄りだけど。そして目指す海岸のそばまで来たら‥」


美雨は少し目を見開き、その瞳で問い掛ける。来たら‥?


「迷子の母ウミガメの産卵なんて恥ずかしくて見れないよ。そのウミガメはさらに回遊を続けるだろう。そして、忘れかけていた大切なものを探し始めるのかもしれない」



「アキさん‥」



僕たちはしばらく押し黙った。何故だかそれが堪えられなくなり、少し歩こうかと美雨を誘った。


ふと外を見ると、雨足が強くガラスに打ち付けている。梅雨明け直前のフィナーレのような雨。


美しい雨の季節はもうじき終わる。美雨もこの雨とともにどこか遠くへいってしまうんだろうな。支度をする美雨を、やり切れない思いで見つめる。



今度は僕が、揺れている。
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