あしながおにいさん
「わたしは・・」


「え?」


「わたしは美しくなんかありません。だからカトレアは似合いません。ましてやブーゲンビリアだって」


「なぜ、そう思う?」


「だって、わたしアキさんに甘えてばっかりで。こんな悩みなんて人を巻き込むようなことじゃないのに。自分で解決しなきゃいけないのに」


「悩むほど真剣に人生を考えているんだよ、美雨は。長い長い階段をこれから上る前に、一回立ち止まってこの道のりを走破するのに何を持っていけばいいかをちゃんと準備しようとしてるだけさ。人は一人じゃ生きていけない。後押ししてくれる人が多ければ多いほど、納得して最初の一歩を踏み出せるんじゃないかな」


「アキさん・・その長い階段が、すごく恐くて」


「わかるよ。よおくわかる。でも美雨は、いったん上り始めたら、絶対に逆戻りしたり、横道にそれたりしない女性だと思う。僕は、そう思う」


「・・」


美雨が泣いている。何を意味する涙だろう。触れ合う肩に、その振動が伝わってくる。


ごく自然に、


なんのためらいもなく、


僕は美雨の正面に立ち、


ゆっくりと、優しく、


綿飴をそうするかのように、



美雨を抱きしめた。
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