あしながおにいさん
「・・アキさん・・わたしは恵まれてるんですね。アキさんのような男性に出会えてよかった、あ、ご、ごめんなさい」


耳たぶを桜色にお染めてもじもじする美雨がいとおしい。


僕は、美雨に恋をした。美雨も同じだと思う。


だけど僕の決心は、この江ノ島に降った雨に、美しい雨に恋をしたんだって思うこと。梅雨があけたら、もう雨は降らない。


お互いの長い人生の中の今日、7月12日のほんのわずかな時間だけの恋人同士。

しかも太陽という現実に掻き消される運命にある美しい雨同士。地表に滲みこんだら最後、江ノ島の夏を彩る植物たちの栄養素となるだけ。


それでいいんだ。


にぎやかな観光客の歓声が聞こえてくるころ、僕たちは目でうながしあい、ゆっくりと、江ノ島を下りはじめた。徒歩で。


きらきら光る太平洋が、だんだんと近づいてくるのを疎ましいと思いながら。
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