境界上
.


営業部のデスクに書類を叩き付けたのとその声は、まさに同時だった。


耳慣れない、人当たり良さげな柔らかい低音。

その声質の方向にゆっくり視線をやると――そこにはやや見覚えのある男が一人。


……ああ。この男は営業部で一つ下の後輩だ。

確か名前は


「宮坂くん、だっけ?」


「あれ、違う部なのに覚えてくれてたんですか?
嬉しいなぁ」


そりゃあ。
この会社でも精鋭の“粒メン”が揃う部署だもの。営業部は。

(なぁんて本音、本人に向かって言えやしないけれど。)


「それを言えば宮坂くんこそアタシの名前、知ってくれてるじゃない。あなたも残業?」


「いえ」


宮坂くんは首を軽く横に振る。

そして、少し挑発の混じる微笑を浮かべて口を開いた。


「実は矢沢さんが“ここ”に来るの知ってて待ってました、
……って言ったら信じてくれます?」




< 12 / 46 >

この作品をシェア

pagetop