君と竜が望んだ世界
 空気が震えるようなそれは幾つもの最期の悲鳴だった。
 今し方自分達を囲み、まさに飛びかからんとしていた魔獣……だったモノ。


 言われてみないと気づかないほど哀れなモノになってしまった、鋼狼、だったもの。

 人を囲んでいたその鋼狼の総数の四分の一あまりが、一瞬で真っ黒で二度と動かないものとなった。


 だが、その一帯を囲むようにまだまだ存在する、牙を剥き出しにした四足獣達。

 同胞の死と完全な鎮火を感知するやいなや、一点――炎を発し、同胞を殺したであろう黒いコートの人物めがけて飛びかかった。


 裸眼を細めて形状を確認出来る、それくらい遠く離れていた鋼狼達。
 だがそれらは、その自慢の駿足の四本の足であっと言う間に距離を縮めた。

 怒りにふるえて一人の男に襲いかかる獣達を見て、離れた場所で急に我に返った一同は、悪化した鋼狼の怒りをどう看破するかと慌てふためいていた。


 そんな中、カナトールは体の表面に凍てつくような冷たさを感じて固まっていた。
 絶対絶命の大ピンチに、悪寒でも走ったのか、と単純に辿り着いた。

 だがどうやらそれは違ったようだ。全員の行き着いた答えは同じだったようだ。カナトールを含め、すぐにその感覚の正体に気が付いて顔を上げた。


 それは長年修練を積んで鍛えた軍人や、精進して技や術を磨く術士、決意と信念を持って前線で戦うそれらの者達のプライドだったり、自尊心だったりを捩じ伏せ、嘲笑われているようにさえ感じてしまう。

 そう感じるに足るものだった。そう感じざるを得ない規模だった。

 駿足の魔獣が跳びかかる、そのわずかな時で自からの力と立場を理解した一同。
 総員が、背を向け、魔獣との間に立ちはだかる一人を、黒いコートを着た男の後ろ姿を、ただ静かに見つめた。
 見つめるしか出来なかった。

 大人しく留まったのははっきりと視認したから。理解したから。この冷ややかな空気の正体を。

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