君と竜が望んだ世界
 その眼に捕えられた一人の若い隊員は、一歩前に出ると恐る恐る口を開いた。


「僭越(せんえつ)ながらお尋ね申し上げます。あなた様を何とお呼びしたら、ええと、お名前をお伺いしたいのですが。よろしいでしょうか。
 えーと、自己紹介、といいますか」


「なんだ、そんなことか。なんとでも好きに呼べ。
 どうせ今だけだ。新隊長とかでいいのではないか? なんなら“おい”でも“なあ”でも構わないが」


「そっ、そのようなことは出来かねます。仮にも命の恩人に……どうか名前だけでも」

 「なお、これらの指揮に関してはクレスウェル少尉に預ける。以上。では、各自速やかに作業を」

 フォルセティ1が指示を出すが、隊員たちの足は止まったままだ。


 当然だ。遠くにはまだ、半数にまで減ったとはいえ、百頭近い中級魔獣が、さらにはそれらの二回りほども大きな上級魔獣までいるのだ。


 というのに撤退作業をしろ、なんて言われたのだ。
 自分たちも協力させてくれと言わんばかりのそんな隊員たちの表情を見て、フォルセティ1は一息ついた。

 だが冷徹にはっきりと突き放した。


「貴様らでは足手まといだ。
あそこに群れる獣どもを殺すのに貴様らに一々構ってなどいられん。他者を気にしながらなど煩わしくて堪(たま)らん。
 加えてに何頭かは生け捕りにする予定だ。可能な限り無傷で、だ。それが上層部の意志であり命令だ。
 さて、中級魔獣百頭と上級魔獣に囲まれる中、足手まといにならず、助力も請わず俺に付いて来れる者がこの中にいるのか」


 つい今しがたまで穏やかだったフォルセティ1が急に尊大な口調に変わった。
 そして彼の言葉に乗せられた重く鋭い威圧感。否、殺気ともいえるもの。

 突きつけられた現実に、実際に目の当たりにした実力差に誰ひとり何も言えなかった。

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