君と竜が望んだ世界
 いつの間にか女の姿は、翡翠の淡い儚い印象と共に消え、そこには唯一、俺だけが闇の中に取り残されていた。


 不意に体中に締め付けられるような違和感を感じる。

 慌てて首を上下左右に振り、原因のある俺自身の体に視線を落とす。

 いつの間にか俺に向かって足下から這うように伸びてくる、無数の蔦(つた)のような闇の手が、体中に絡みついてきた。

 驚きと恐怖で頭が真っ白になる。体の各部が意思を持っているかのように大きく暴れる。自分の身体じゃないみたいに、抜けだそうと必死に身をよじる。


 恐怖を感じる目は大きく開き、腹の底から出てくる声のために口元は何度も開閉する。


 焦りながら大声で叫ぶ。どこに向かってかわからない、言葉にならない叫びを。


 気持ち悪い冷たい汗が一気に、大量にに噴き出、体の芯まで凍らせた。

 気が付くと既に首まで蔦(つた)のような闇の手に巻きつかれ、体の半分は足元の闇に引きずり込まれ、沈んでいた……。闇へと、沈み続けていた。


 そんな時たった一か所だけ自由に動かせる体の一部に気づく。他の体の部位と違って自分の意思で動いた。

――なぜだ。

 否、そんなことどうでもいい、とにかくなんとかしなきゃ。

 脳から送られる命令を唯一実行するその右腕を、必死に上へ上へと伸ばす。


 見えない空を掴むように、真っ暗な空でも構わない。とにかく上へと必死に右手を振り回しながら伸ばした。
 もがいて、もがいて、這い上がろうと暴れて……。

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