君と竜が望んだ世界
 何度も放った牽制攻撃の後に本命を放つ──足を半歩前に進めて体全体で踏み込む──攻めに徹したロイから繰り出された鳩尾(みぞおち)を狙った打撃。

 だが幾重にも放たれたロイの攻撃はハーヴェイの、風の流れに乗る気まぐれな綿毛、あるいは鳥の羽の様な動きの前にひらりとかわされる。


 さらに、数を放った後に繰り出した確実性を狙った本命の拳さえ、その速さと勢いのまま、空(くう)を切った。


 避けるのに適しているように見える、大きくない体を、羽のような軽やかさと小動物のような素早い動きのハーヴェイに、紙一重どころか二重以上も余裕を持って避けられてしまった。



 伸びきった腕と、前方へと向かっている現在のロイの不安定な体制は、通常なら戦況を苦くする。


 だが戦闘のプロはそれを上手に利用すべく、もう片方の足を出して踏み込んだ自身を支える。

 そのままの流れで身を翻し、ほんの少しだけ距離を取った。

 だがそう思った刹那、時計回りに半回転した身体から、彼の長い右足が持ち上がる。

 その右足からは常人なら軽く蹴り飛ばせるような重量級の後ろ回し蹴りが放たれた。


 術力が禁止されているハーヴェイは、眼前に迫るロイの大きな体躯からくる全身を利用しての回し蹴りを、食らえば痛い思いをする程度じゃ済まないだろうと悟る。

 だが本人の宣言通り、幾分もの成長を感じ取ったハーヴェイは瞬く間に腰を低く落として脚を踏ん張り、全身に力を込めた。


 低く鈍い音とともにハーヴェイの腕に体に足下にずしん、と勢いのある重みがかかる。

 大きくはないその音はちょうどロイの破壊的一撃を、全身に込めた力と交差させた両腕で受け止めているハーヴェイ、両者の元から聞こえた物だった。


 ハーヴェイがロイの渾身の蹴りを受け止めたとき、不意にこの空間の時がとまった。



 身体は半分後ろを向き、脚は高く回し上げたままのロイ。

 顔を隠すように両腕を交差させ、踵(かかと)を中心に、彼の回し蹴りを受けているハーヴェイ。


 そして彼等を囲むようにしてその数分間を見ていた、驚きの声すら出ない生徒達。



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