君と竜が望んだ世界
「戦いのプロ、なんだろ? セコいこと言うんじゃない」

 急に背後から声がした、慌てて首を動かす。振り向きざまに両腕で身体をガードした。


 前に立っていたはずのハーヴェイが、いつの間にかロイの後ろに立ち、左足を踏み込んで右の拳を突き出していた。

 ロイの咄嗟の判断が功を奏した。身軽な見た目とは裏腹な、屈強な軍人が放つような一撃から、何とか身を守れたのだ。


 だが何の姿勢も構えも取っていなかったロイの身体は、直接的な拳からの攻撃から本体を守っただけで、衝撃まではどうにもできなかった。


 両足が浮き、地面から身体半分ほどの高さまで上がる。

 上半身を後ろに傾けたまま、ハーヴェイから二、三メートル程離れていった。

 否、正確には、吸収しきれなかった衝撃でロイの身体が後方に殴り飛ばされた。


 ハーヴェイにとってその一撃は、次は俺の番だ、と言う自己主張と宣言で、ロイにとっては、しばしの悪夢の始まりだった。


 はっきり言って、もう十分だと思った。否、わからされた。……確かに手合わせを請うたのはロイ・アシュレイ、だ。

──ハーヴェイと離れてから約十年間。


 虚ろなる軍人の日々が続いたこともあったが、訓練は怠らなかった。

 教師として教鞭を取り、生徒相手に過ごしたが、日々、自身の鍛錬は怠らなかった。

 民商連から回される依頼の護衛も害獣駆逐も、きちんと完遂すべく努力は怠らなかった。


 こうして積み重ねられた年数と経験が、ロイを、武器徒手、各種戦闘の専門家“バトルスペシャリスト”と呼ばせるに至った。


 そんなロイがわずか数分で、埋まらない差を感じ取った。

 先ほどの渾身の回し蹴り。急に駆られて、または咄嗟に、奮った中途半端なものなんかじゃない。


 ちゃんと全力を込めた、まさに“渾身の”一撃、のはずだった、ロイにとっては。


 それをあんなに意図も容易く止められちゃあ、もう手も足も出せやしないということなんて……
< 55 / 66 >

この作品をシェア

pagetop