夏色草紙
 終点のバス停は看板が茶色く錆び付き、時刻表の文字が掠れ、ベンチのペンキも無残に剥げ落ちていました。
日差しを浴びた駐車場には数え切れない黄色いヒマワリが元気いっぱいに咲き乱れています。
 眩しい光の中、たくさんのヒマワリの花に囲まれながら、おばあちゃんは笑顔で僕を待っていてくれました。
 白い手ぬぐいの頬かぶり、使い古した前掛け、かすりのモンペ。日に焼けた顔、曲がった背中、しゃがれ声。優しいおばあちゃんには大輪のヒマワリが似合っていました。
「ぼう、よう来たの」
「おばあちゃん、こんにちは」
「疲れたやろ」
「大丈夫だよ」
「ほうか、もう少し頑張っておばばの家まで歩くざ」
「うん」
 おばあちゃんは乾いた土の匂いのする手で僕の頭をうれしそうに何度もゴシゴシと撫でました。
 そこからは細い道を二人でテクテクと歩きます。この長く険しい道のりをおばあちゃんはひとりで迎えに来てくれたのです。
山道の峠にある湧き水は冷たく、暑さに火照った顔を洗うと、歩き疲れた体は忽ち元気になりました。
おばあちゃんは小さな祠の中にある赤い前掛けのお地蔵さんに水をかけ、静かに合掌しました。それから、濡らした手ぬぐいで僕の額から吹き出る汗を拭いてくれました。
 丁度、その辺りが中間地点です。
 深い山と谷を越えた道の果てにおばあちゃんの暮らしている村がありました。
 今、僕は地下鉄が走り飛行機が飛ぶ町に暮らしているけれど、幼い頃の夏をその村で過ごしたのです。
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