夏色草紙

 そこへおばあちゃんが背中を曲げて歩いてきます。
 廊下の板がギシギシ、ギシギシと音を立てています。
「ぼうら、みんなでこれをあがってんでや」
 おばあちゃんが差し出した大皿には真っ白なおにぎりが山盛りに積み上げられていました。
 そして大根とキュウリの漬物、コップとやかんいっぱいの冷えた麦茶。
 ゴックン。これはみんなが一斉に生唾を飲んだ音です。
 その時…。
「おばあちゃんの作ったおにぎりなんて汚いから、僕は食べたくないよ」
 どうして僕はあんなにも心無い言葉を口にしてしまったのだろう。
 それはあまりに思いがけなくて、とてもひどい言葉だったから自分でも戸惑いました。
 今もその時の気持ちが理解できません。
「ほうか、ほんならおにぎりはここに置いておくさけな。みんなで遠慮せんとあがってんでの」
おばあちゃんは急に淋しい顔になり、うつむいたまま廊下を去って行きました。
 ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ。
 それはとても重く暗い足音でした。
 しばらくして、けいこさんがおばあちゃんの様子を見に行きました。
「かわいそうに、おばばは泣いていたみたいやじゃ」
 けいこさんの言葉が全員の心に突き刺さりました。
 僕もみんなも悲しい顔。
「町のもんがおばばを泣かしたんやぞ!」
「町のもんがおばばを泣かした…」
「町のもんがおばばを泣かした…」
 おばあちゃんへの自分の愚かな言葉とみんなの叱責の声で涙があふれました。
 急に鼻の奥が殴られたようにキーンと痛くなり、僕は布団の中に顔を隠しました。
 情けなくて悔しくて、みんなに背中を向けたままでうずくまっていました。
 やがて村の友達はおばあちゃんの作ってくれたおにぎりをひとつずつ掴んで、静かに帰って行きました。
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