その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
1st-アラワルコウハイ。

*どこかで見た顔

 金曜日、四時間六連勤五日目のバイトの終わりがけ、私をこの上なく苦しめるのは他でもなくこの脚の浮腫み。

 遠慮なくのしかかってくる重みに耐えて、柔らかい表情を保ったままに料理を運ぶ。


 一昨日店長に、昇給の決定の報告を受けた。今まで真面目に頑張って来た成果とも言えよう。

 そう、その努力を認めてもらったのだ。だからどんなに辛くても、負けていられるものか。


 たとえ――


「お待たせいたしました、海草と――…」

「ねぇねぇあの店員、やけに顔赤くない?」


 聞こえていますよ。それでひそひそ話しているつもりなら、相当甘い。

 たとえ何が聞こえてこようとも、全て我慢。いいや、空耳だ。被害妄想、ダメ、ゼッタイ。そう必死に言い聞かせる。


「海草とイカの――」

「ほんとだ、林檎みたい」


 本当に絶対何があろうとも。空耳。幻聴。気のせい、気のせい。


「サラダです―――」


 常に笑顔を絶やさず、そんなこと出来る筈ないだろう。いいや、私になら出来る。

 自分を無理矢理に説得しながら、それでも私は心中で、またか、と溜息を吐いていた。


 顔の火照りは、とうに自分でも感じていた。足の重さに自覚以上のストレスと抱いていたのだろうか。

 ストレスと緊張。それが主な、この火照りの原因である。


 肌が荒れやすいためにコントロールカラーなるものもつけられない。

 この林檎のように染まった頬を、緊張やストレスを感じるたびに晒さねばならないのは正直過酷。
< 1 / 41 >

この作品をシェア

pagetop