その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 まだ財布には余裕がある、それに来週にはバイト代も入るのだ。よく知りもしない、しかも一応ではあるけれど後輩に奢ってもらう謂れはない。


「別に」


 何が別に、なのか自分自身よく分からないけれど、そんなこと考えていられる余裕もないくらいに苛々して、私はそっぽを向いた。まだ目の前のこの男は笑っているのだろうか。意味の分からない人だ。


「可愛いですよ」

「…は?」


 突然の斜め上な発言に、いい加減私も絶句するしかない。あぁ頭痛くなってきた。誰でもいいから助けてほしい、無言のSOSなら出し続けているというのに。

 勿論それに応えてくれる救世主など現れる筈もなく、頭痛もやまない。それどころか、ますます体調が悪くなるような台詞が待っているなんて、知る由もなく。


「……面白い人ですね、先輩」


 何故だろう、今日を境に私の日常は、あらぬ形にゆがめられてしまうような気がした。

 突拍子もない発言に、思わず目を向けてしまった彼、星丘 惺の顔が。……どこか、さっきまで見ていたそれとは違って。


 間もなく店員さんが、カフェラテと抹茶ラテを持ってきた。無言を決め込んでいた私はとにかく手持無沙汰で、直ぐに口を付けてしまう。


「………っ」


 思いきり湯気が立っているのだ。熱いに決まっている。もっと注意するべきだった、ほとほと自分に呆れる。

 少量とはいえ一気に喉まで流し込んだので、食道辺りまでヒリヒリと痛む。

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