その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 料理が非常に苦手なのに加えて更に手先が不器用でもあるため、厨房に入っても軽い表現を使ってさえ足引っ張り係、専らフロアに出ている。

 時間帯の合う常連さんには、完全に存在を覚えられた。今日もお疲れ、なんて言葉を掛けてくれる人もいるくらいで。


「お待たせいたしました」


 笑顔、笑顔。まじないのように、呪詛のように頭の中で響く単語。

 微妙に目から逸らした視線。確認は曖昧。気のせい、だろうか。


「……あれ、どこかで見た顔」


 もしかして、思考に留まらず口にまで。少々焦ったが、その言葉を発したのは目の前の男子高生。


「気のせいではないでしょうか」


 私の笑顔に罅が入る。ぎりぎり修繕したけれど、それに気づかれていない自信はない。

 苦し紛れに返事をして、一品だけ、カレードリアを置いてから、愛想も何もないと言うように背を向けた。


「ひょっとして、同じ高校じゃ――」


 自分の大した長さもない足をフルに使って、彼から逃げた。気のせい、な筈はない。絶対に見ている。

 それなら、一体どこで?私が覚えているくらいだから、複数回は目にしている筈なのだ。


 ……まさか、上がる時間になってフロアからいなくなるまで彼が店に留まっていたことに、私が気づかない訳もなく。

 ただ嫌な予感を募らせるくらいしか、今の私には出来なかった。


 とにかく、本当なら一度見たら忘れられない程に整った顔立ちをしていた。何故私は覚えていないのか、考え始めて数秒ともなく私は気づいた。

 そういえば私は、全くと言っていい程、そんなことに興味なんて無かったんだっけ――?
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