その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 買い出しから戻ったかすみ先輩には、後からとても謝られてしまい。結局は全然働けないままに、私のシフトは終わった。

 つまりは非常に落ち込んでいる訳で。そこに追い打ちをかけるような奴がいるとしたら、それこそ最悪な――


「せーんぱいっ」


 死角から飛んで来た声に、思わず顔が引き攣る。そろそろ胃に来そうだ。

 いや、裏口から静かに店を出たところで突然声が掛かったのだから、もう少し怯えてもよかったのかもしれない。聞こえたのがこの声でなければ。


「お疲れ様です……って、え」


 彼が目を止めたのは、私の指先。左手の人差し指に、丁寧に巻かれた包帯。

 傍まで駆け寄ってきた彼は、気づいた時には私の左手首を掴んで、腕ごと持ち上げていた。


「な、何」


 動揺を口にした私に答えるでもなく、彼は一言性急にこう尋ねた。


「大丈夫ですか?」


 驚いた。彼の浮かべた、あまりに心配げな表情。

 今まで一度も目にしたなかった焦りを、目の当たりにしたから。


「……別に平気っ」


 捕らわれた手首、それを掴む彼の右手を振りほどき、その顔から視線を外す。すると次は、反対側の手で右手を掴まれる。そう、手首ではなく、手。

< 21 / 41 >

この作品をシェア

pagetop