その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 バタバタと、私の顔さえ周囲の目に留まらない勢いで階段を駆け上がる。廊下を爆走して、行きすぎないように少し減速のための距離を意識して、丁度自分の教室のドアの前で止まる。

 ただし、そのドアを引くなり、質問を浴びることになったのだけれど。


「信楽さん!星丘君と――」

「いや私何も知らないから!」


 即答に加えて声も裏返って、客観的に見れば不審極まりない。そんなことは自分でも分かっている。分かっていても、どうしようもない。

 後どれ程これに耐えればいいのだろうか。明日まで、いや明後日まで?一週間くらいかかるかもしれない。杞憂に終わればいいのだけど、不安は増す一方だ。

 誰か助けてほしい、なんてくたびれた身体を椅子に預けたところで、朝から少しぼろぼろになった未沙が教室に入って来た。


「り、凛呼ぉ!凛呼が逃げるからあたしが質問攻めにあってたんだからね!」

「あぁごめんごめん…あ、未沙タイツになってる」

「気づくの遅いし今すごくどうでもいい!」


 完全に疲弊した様子の未沙に、流石に良心が痛む。私もそうだったように、タイツを履いて走るのは相当暑い。


 ―――タイツ、を?


 何か大切なことを、忘れているような気がする。少し椅子を引いて、ゆっくり膝を見た。

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