その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「……あ」


 最悪だ。伝線まではしていなかったけれど、膝のところに穴が開いている。そろそろ寒くなるからと、買ったばかりだったのに。

 ショックを隠し切れないままに、タイツ破けた、とだけ告げて、万一の時のために持ってきていた靴下に履き替えに女子トイレまで歩く。残念ながら、不機嫌絶頂の未沙からすると、同情の余地はないらしい。

 ただしそんな未沙に言わせてもらいたいのだけど、この先のことを考えると、確実に私の方が数倍、数十倍と苦労することになる。

 爽やかさの欠片もない週明け、休みを挟んだと言うのに疲労が酷い。今週ごと投げだしたい思いに駆られた。


 この時の私は、まだこれら全て序章に過ぎないということに、一切気づいていなかった。


 今日まで生きてきたどの日よりも、信楽さんと呼ぶ声を聞いたとしても。事件は、これから。



「……ぐったりだね」

「そりゃぁ、ね…」


 合計すると、同じ人が何度か来たのを考慮しなければ百人はこの教室に詰め掛けてきた。

 私を殺す気か。そうなのか。


「…もう嫌」


 勢いよく机に突っ伏したところで気づいた。

 ―――最初に私にこのような苦労をかけたのは、未沙ではないか?


「まぁ星丘 惺の人気も凄いからね。後一週間は見積もっといたほうがいいよ」

「そんなに?」


 当の彼女は全くの他人事と思っているのか、悠長に恐ろしい事を言ってのける。先程思ったことを突っ込む気力もない。

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