その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「言っておくけど、ファンクラブの人は殆ど来てないんだからね?」

「あーあーはい、全部未沙さんのお陰ですありがとうございます」


 ……流石と言うべきか、あまりに私のところに人が殺到するもので、未沙がメルを回してくれたそうな。

 とはいえ全員が全員そのメールに従順かと言うとそうはいかない。ここまでにも数人来ていたみたいだけど、私には誰がそうなのかもよく分からない。

 全く、感謝してないでしょ、なんて口を尖らせる未沙。しかし、考えてみれば少しおかしいこの状況。


「何だか…平和だね?」

「だよねぇ。……ね、」


 昼休みなんて、今までを考えたら廊下に人が溢れていてもおかしくないのに。もしかしたら、特に何があった訳でもないと、既に十分知れたのだろうか。

 都合がよすぎる発想かも知れない、けれどそうであってほしいと、心中で祈った。そんな私に、未沙は面白半分と言った口調で。


「嵐の前の静けさって、言うよね?」

「…やだもう未沙さんやめて」

「凛呼のテンションもおかしくなってるし。表情筋引き攣ってるよ」


 そういう未沙も、なかなか菩薩じみた表情になってきている。この時代に生でアルカイックスマイルが見られるとは、私も思っていなかった。

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