その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「ご飯食べない…?」


 疲労と空腹の相乗効果、せめて片方だけでもどうにかしたいのだけれど。未だにきゃいんきゃいんと騒ぐ二人に、噛みつかれまいかと恐る恐る声を掛けた。


「そうだね。こんな馬鹿ほっといて食べよ」

「どっちがだよ!」


 騒がしいままながらも、一応自分の席へ退却する緒川くん。騒がしくはあれど、十分平和に感じる昼休み。お弁当箱を自分の鞄から取り出して、鞄ごと持って来た未沙も遅れて自分のお弁当を開く。

 漸く普段通りの談笑に気が抜けてきたところで、嵐がやってくるなんて思いもせずに。

 そう、それは突然やって来た。


「せーんぱいっ」


 あぁ。然して特徴的な声でもないだろうに、非常に耳につくそれ。拒む心を押さえつけて首から上を動かせば、廊下から窓枠に身を預け、此方に手を振る姿。

 相手にするだけ無駄だとここ数日で悟った私は、はいはい次は何、と雑に言葉を返す。しかしその反面で、恐怖と緊張に顔が熱を持つのを感じた。


「つれないなぁ」

「そうだねそれで?」


 彼の言葉さえろくに聞いていないような返事、それにめげることなく私に、一つの要求を投げかけた。


「メアド教えてよ」


 ……一気に教室全体の空気が変わる。割かし真剣な目で此方を見ていた女子、何か何かと興味本位で見ていたであろう男子。私の傍で完全にあの男に見惚れていた未沙、そして当然私。

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