その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「…別に」

「チャイムが鳴って何秒よ?いくら教室が近いからって走らないと」


 先生のからかい混じりの声が、室内に響く。世話になることがなかったため、こんな性格だったのか、と一人しみじみ思った。

 彼を前にした未沙が黙っていることの方が、意外ではあるけれど。逆に恥ずかしがって喋れない、といったケースの可能性もある。


「煩いなぁ」


 煩わしそう、と言うより少し拗ねたような言い方だ。どうやらこの二人、星丘 惺と養護の先生は馴染みがあるらしい。


「先輩?大丈夫?」


 無遠慮にカーテンを引いて、此方に入ってくる。目視した訳ではなく、耳に入る音声のみでの確認だけど。

 信楽凛呼は二度寝しました。…そう認識して欲しい。


 その一方で、一つ足音が遠ざかる。確かに遠ざかって欲しいのだけど、その主は私が望んだ人物ではなかった。


「あたし先生に報告してから、世界史の課題の続きやるから。じゃぁ凛呼お大事に!」


 せめて様子を見て行こう、だとか思わないのだろうか。何故この男が来た途端に、あっさり帰ってしまうんだ。

 こいつと二人になるくらいなら、いっそ未沙がいた方が助かったのに。


「…先輩」


 囁く声が知らせるのは、危険。

 狸寝入りを続けるも、それにすら限界を感じつつある。


「起きてるん…でしょ?」

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