その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 あくまでも寝返りを打つように、彼から出来る限りで顔を背ける。

 薄く目を開けると、目の前には緩く波打つ薄い桃色。寝返る方向を間違えてはいないことに、何となくの安心。


「ねぇほら、こっち向いて?」


 ―――――耳元で響いた甘ったるい声に、私は肩を震わせ、思いっきり目を見開く。

 同時に顔まで彼の方に向けてしまった。


「真っ赤だね?」


 忍び笑いは名前に反して、忍ぶつもりなど微塵も窺えない。明らかに私を、馬鹿にしている。


「…なんか凄く腹立つ」


 制御しきれない本音が、腹から飛び出して声帯を震わせた。

 人の平和な生活を、散々掻き乱しておいてこの態度。許せる筈がないだろう。


「ならよかった」


 腹が立つと言われて、安心するとはどういうことか。言動一つ一つが、理解に難い。

 此方は毒を吐いた筈なのに、なぜかふわりと相好を崩して。

 人前で無いのに、あの意地の悪い表情ではない。


「先輩の中に少しでも、俺がいるって事だよね?」

「……意味分かんない」


 何をどうすればそのご都合解釈になるのか、分からないし分かりたくもない。思考を推察することさえ、もう疲れた。

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