その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 目の前の星丘 惺は、私にぐっと顔を近づけて顔に掛かっていた横髪を指で耳に掛ける。

 火がつくのではないかと思うくらいに顔が熱い。男子とこんな距離になったことなんて、無いもの。

 優しい目元に、絆される余裕さえない。


「もっと俺のこと考えてよ」


 ――そんなことを言われても、既に私の思考は、あんたのことで、一杯なんだってば。


 平和で静かでバイトに専念できる素晴らしい日常を奪われた恨み。

 いちいち意味不明な行動に対する疑問で埋め尽くされる。

 この上更に考えてしまえば生活に支障が出ると思うのだけど。どんな悪魔だ。


「忘れてないよね、先輩?俺、本気だから」


 ……表情は変わらないながらに、その目に宿した光の色が、僅かに変わった気がする。いいや、気のせいではない。

 記憶の糸を手繰っても直ぐに心当たりに辿り着けない、戸惑いに浸かったような私に、更に性の悪い台詞。


「…え?」


 少し大げさに溜息をついた彼が、今度こそ例の意地悪く不敵な笑みで。


「まさかさっきの、告白だって気づいてない訳じゃぁないよね」


 さっき、の。どうしよう、何のことか。

 すっ飛ばした記憶を必死に呼び戻し、片っ端から再生する。ええと、どれだ、どのことだ。

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