その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「大変ね、信楽さん?」


 目を覚ました時に眼前にいたのは、養護の先生だった。苦笑を浮かべる彼女とまともに話したことは、先程の通り、ほぼない。


「大丈夫です…」


 そりゃぁもう、なんて流石に言えようものか。意地でも平気なふりをしていないと、精神が持たない。


「随分彼も執着しちゃって。そうそう諦めないと思うわよ?」


 勘弁して欲しい、と思える台詞を吐く彼女の表情は、何だかやけに楽しそう。気のせいであって欲しいと願うも、虚しかった。

 私か、私が悪いのか。何かしてしまっただろうかと考えるも、少なくとも高校に入ってからこのような面倒に巻き込まれる理由となる程の不祥事は、起こしていない。


「また気絶されたら私が大変だからって追い出したけど、そうでもしなかったらまだここにいたかもね」

「やめてくださいよ……」


 げっそりとした気分で、冗談をはぐらかす。しかしつまりは、現在確かに私は彼から、解放されているということか。それだけで多少なりとも、気が楽になる。


 あぁ、星丘 惺がいない時間が平和だ。この幸せを、ずっと噛み締めていたい。

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