その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
「じゃぁそろそろ、帰りますね」


 ベッドから身を起こした私は、髪と制服を申し訳程度に整えて、鞄の取っ手を掴む。未沙辺りが持ってきてくれたのだろう。


「分かったわ。気をつけてねー」


 ひらひらと此方に手を振る先生。その姿を振り返りつつ時計を打見すれば、現在午後六時過ぎ。今日のシフトは七時半から、割と余裕がない。

 昇降口を出た私は、さっと左右を確認した。そうして走り出す。


 いや、走り出そうと、した。


「酷いじゃん先輩」


 後ろから聞こえた批判の声。何も聞いてない、と無視したい思いで一杯なのだが、諦めてそっと振り返る。


「な…何の話、だろうね……?」


 いや、約束も何もしていないと思うのだけど。寧ろ待ち伏せされていた私の方が、百歩譲っても九対一で被害者なのだけど。


「一人じゃ危ないでしょ?」


 あんたといる方が、精神衛生上、余程危険だわ。飛び出しかけた言葉をギリギリで引き留め、再び彼に背を向ける。


「別に平気だし」


 こんなどうでもいい会話をしている時間さえ惜しい。早く切ってしまいたい。


「先輩だって女の子でしょ」


 生物学的には、ね――こんな回答も結局無駄になることは分かっている。時間が何より勿体ない。

 誰か、この男から私を、救出してくれ。

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