その唇、林檎味-デキアイコウハイ。
 ……だなんて、寝るに寝られないと考えた頭そのものが意識を手放してしまえば、もう意味はない。回りくどい言い方を要約すると、結局私は寝てしまったということ。

 未沙によると、落ちた筆箱とその中身を回収して一分と経たないうちに、私は一度落ちた首を擡げることなく動かなくなったらしい。

 そして現在十分休憩。私は夢と現実の狭間を彷徨っている――筈だったのに。


 ここまで眠い時くらい、普通に寝させて欲しい。これでは朝のHRの後に待ち構えている数学でも寝てしまうではないか――


「凛呼!ちょっと起きてぇ!!!」


 耳を劈く、悲鳴にも似た叫び声。居眠り者泣かせのその声に、邪魔しないでとぼやきながらも顔を上げた。


「ね、ちょ、こっち、」


 半狂乱とも言える状態の未沙、教室がやけにざわついているのは、きっと気のせいではない。袖を引かれるままに立ち上がり、彼女が示す廊下の方を見れば、そこには。


「上級生、だったんですね」


 あぁ、いくら私でも忘れようか。明らかに見覚えのある顔が、笑みを浮かべて視線の先に確かにあって。

 未沙の様子がおかしいのも、教室がざわついているのも、きっとこの人が原因。


「凛呼、知り合いだったわけ!?」

「ええと…」


 そこにいたのは、昨日のあの男子高生。しかし、何故ここまでこの人が騒がれるのか。理性では呑み込めある事実を、感情の大部分が頑なに拒む。

 そこに叩き付けられる、とどめの一言。


「昨日ぶりですね。…星丘 惺です」

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