甘い恋の誘惑
そんな何も言わないあたしに莉子は、
Γ…って、あたし何言ってんだか…。ごめん、本当にお節介だ」
と、顔を顰めたままため息を吐き捨てた。そして辺りを見渡しながら一角に集中し、突然立ち上がった莉子にあたしは思わず見上げた。
Γ…莉子?」
立ち上がった事を不思議に思ったあたしは見上げたまま問い掛ける。
Γごめん…もう帰らなきゃ」
莉子は壁に掛けている時計を見つめてそう呟いた。
Γあ、そっか…」
Γなんか慌ただしくてごめん。アユ待ってるし」
Γへ?」
アユが待ってる?
訳の分からない言葉。そしてあたしの名前…。キョトンとして見つめるあたしに莉子は、Γあっ!!」と言って声を上げた。
Γまだアユには言ってなかったね。子供の名前、“歩(あゆみ)”って言うの」
Γ歩?」
Γそうそう。後悔なく歩んでほしいから“歩”」
Γ莉子が決めたの?」
Γうん。そしてアユも好きだから」
そう言って一度ニコッて笑った莉子は、
Γ俊はさ、アユが居るんだからややこしい名前つけんな!!って言ってたんだけどね」
と言って今度は苦笑いをした。それに伴い、あたしも同じ苦笑いをする。
Γほんとだね」
Γアユもまた見に来てよね!産まれたら帰るとか言ったのに結局は帰ってこないし」
Γごめん…」
Γま、いつもの事だからいいけどさ」
莉子は開き直ったようにそう言って、薄ら笑った。
マンションを出ると、もう日が落ち初めていて、これから夜になろうとしている。莉子と他愛ない会話をしながら駅に向かい、莉子と手を振って別れた後、歩いて行く莉子は改札の前でピタッと足を止めた。