ラヴレス







じ、と真摯にこちらを見ている彼女を、自分は今から卑怯な手で脅すのだ、と。

その罪を忘れないように。
その罪を犯す覚悟を、奮い起たせるように。





「…僕は、君の大切な「こころの家」を潰すことにした」


キアランが渇いた喉で吐き出した言葉。

智純は音が聞こえてきそうなほど眼球の筋肉を目一杯使い、その鋭かった目を見開いた。

すぐには理解できるわけもない。

そんな智純に、キアランは追い討ちを掛けるように言葉を進めた。



「…子供達は別の施設へと移す。あの老夫婦のところへ逃げ出せないよう、県外の保護施設へバラバラに」


そこで、智純はふるりと唇を震わせた。

それは怒りだ。

理不尽なすべてに怒りを顕にする、彼女らしい。



「―――何十年と続いた養護施設「こころの家」は解体させる。できるわけもない、と言われるだろうが、生憎、僕にはできる」


勿論、日本の政界にもパイプがあるのだ。

それなりの「手順」を踏まえれば、簡単なこと。


はるか昔から続いてきた「アナベルト・シュナウザー」の名は、時にキアランが自覚している以上の力を持っている。






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