ラヴレス
「私達、貴方に感謝しているんですよ」
奥方の柔和な笑みに、キアランははたり、と固まった。
きっと、智純は脅迫されたことなどこの夫婦には言わないだろうと思っていた。
だが、それでも大切な「娘」を遠い異国へと連れ去っていく男だ。
自分の叔父上の為だけに。
どれだけ詰られても仕方はないと、思っていたのに。
「―――あの子は、性根が優しすぎて真っ直ぐで、いつだって自分の事より、私やおじいさん、子供達のことを優先してしまう、愛しい悪い癖がありまして」
ふふ、と皺が深くなる。
なんて愛おしげな笑みだろう。
じわり、胸に滲みた。
「陽向――智純の母親がここで育ち、まさか、娘の智純までここで暮らすことになるとは」
陽向は、母親に捨てられたという。
父親などはじめから居なかった。
望まれた子では、なかったのだ。
「…陽向も、社会に出てからずっと、私達に援助をしてくれていたんですよ。断っても断っても、自分が頑張って頂いた少しのお給料を、私達が気付かないうちに、ポストへ入れて行きました」
そう言って、奥方は皺くちゃの茶封筒を机に置いた。
そこには細やかな厚み。