ラヴレス
「キアラン」
考え事をしている最中に名を呼ばれ、俯きがちに頬杖をついていたキアランははっとなって顔を上げた。
その動作に、室内照明の下、光源から注ぐ光を帯びて微量の宝石の粒が弾けるような銀を纏う髪が揺れる。
呼んだのは智純だ。
彼女の発音はきっちりとしたカタカナで、たまに自分の名前なのかなんなのかが解らなくなる時がある。
「…どうした?」
だぼついたパーカーに細身のデニムを履いている智純は、このホテルにはやはり似つかわしくない――泥に汚れた作業着よりはマシであろうが。
智純は最後の仕事帰り、キアランの居るホテルへと寄るように秘書のジンに指示されていた。
最後の仕事、とは、親方に自ら挨拶に伺うこと。
ほんのりと泣いた後が見受けられ、キアランは暫し神妙な気持ちになっていた。
「別にどうもしてないけど。パスポートはちゃんと貰ったから」
出来上がったパスポートをぱたぱたと振りながら、智純は素っ気ない。
「ああ……」
そのまま互いの間に沈黙が舞い降りて、智純とキアランは示し合わせたように視線を交えた。
一瞬、互いを見透かすように眼力を強めると、先に智純から視線を外す。