ラヴレス
「帰る」
一言告げて、智純は踵を返した。
「…出発は解っているか?」
そのまま帰してしまえばいいのに、キアランは小さな背中に向けて、何故かそう問い掛けていた。
しかも、こんなわざわざ、確認させるような意地の悪い質問を。
「…明日の正午」
そうだ。
明日の正午になれば、智純は日本を、「こころの家」を、家族の下を、発つ。
まだ出会って一週間と経っていない。
それなのに、自分は彼女を脅して生まれ育った国から引き離そうとしている。
「…途中いくつかの国を巡ってやりたかったが、今は叔父上が心配なんだ。悪いが、直接イギリスの邸へと向かわせてもらう」
せめて、との想いだった。
今までろくに遊ばず、一心不乱に働き続けてきた彼女へ、少しでも楽しいプレゼントが出来れば、の配慮。
「…寄り道なんかしなくていい。私は、あんたの叔父上に会って、病状次第、日本に帰らせてもらう」
淡々とした会話だ。
互いに、釈然としないなにかを抱えていながら。
智純はまだ知らない。
キアランはまだ話していない。
―――智純は、もう日本には帰れない。