ラヴレス
「なにこれ」
差し出された智純は、中身がなにか解っていながらキアランに尋ねた。
キアランの「土産」の一言では物足りなかったらしい。
尋ねられたキアランは、一瞬困惑したような表情を浮かべて。
「ケーキだ。特別に作ってもらった」
プラチナが揺れる奥で、そう言い終わる頃にはキアランの目は静かで無頓着を装っていた。
「…子供達に」
最後の夜だから、とは口にしなかった。
智純は黙ってキアランを見返し、やがてそれを受け取る。
「ありがと」
そして部屋を出る際、智純は聞こえるか聞こえないかの声でそう返した。
残されたキアランは、ふう、と深く息を吐く。
ただひたすら、顔色の悪い叔父と、イギリスに残してきた幼なじみの笑顔ばかりが頭のなかを巡っていた。
(これが正しいと、ずっと信じてきた筈なのに)
叔父上の為に。
愛する人を結果的に傷付けてしまった叔父上の為に。
なにもかもを捨てる覚悟があったのだ。
―――智純に会うまでは。