ラヴレス
なにか抱え込んでいるような、酷く胸を痛めているような―――。
(たかだかイギリスへ向かわせる為だけに、あんな脅迫を?)
帰らせる気があるのは確かだろう。
キアランは自分を好いてはいないし、そんな人間をわざわざイギリスの邸に長居させる必要もない。
キアランがそうするのは、彼の叔父がそう望んだからだ。
せめて、彼が生きているうちに、と。
そう言われたら、智純はきっと断りきれなかった。
口先で、頭で嫌悪していても、自分の母が本気で恋した相手が気にならないわけがない。
そう言われれば、智純に反対の余地などないのに。
(それなのに、わざわざリスクの高い取引を―――)
脅迫紛いの取引を、名のある貴族の当主が。
あの時、私を脅しながら、まるで鏡合わせのように傷付いた顔をしていたくせに。
(なにを考えてるの、キアラン)
会って間もない「天使」の甥っ子に、智純はなにもかもを混ぜ返される気はなかったが。
それでも、このまま素直にイギリスに経っていいのかと、未だに迷っている。